tsucchiのチラ裏

どうでもいい話を書きます

悪いことは続くものだ

悪いことは続くものだ。

どうして悪いことは重なって起こるのか。

余裕があればもう少し優しく振舞うことも可能なのかもしれないけれど、悪いことが続いてしまうと優しく振舞うのは難しい。

並行世界に思いを馳せる

僕がミルキィホームズに出会ったのは、本当に偶然で、あんまりテレビを見る習慣もないのに偶然テレビをつけていて、しかもなぜか(ごくたまに見る程度の)東京MXをつけていたらそこで放映されていたのが、ミルキィ1期の1話2話の再放送だった、というすごいミラクルだった。

そんな感じで、偶然ミルキィホームズという素晴らしい作品に出会うことができた 2012年なのだけど、この年は辛いことが沢山あって、死んでいてもおかしくないな、と今振り返っても思ったりするような、そんなひどい年だった。

だから、SFにあるような、並行世界があるとしたら、偶然テレビをつけることなく、2012年をクリアできなかったルートは結構あるかもしれない、と思っていたりする。

その一方で、ミルキィホームズに出会わずに、2012年を無事クリアできた世界(がもし存在するなら)ではどうなったのだろうか、とも考えていて、その場合も結局何らかの形でミルキィホームズに引き込まれていたのではないか、とも思ったりする。

とかなんとか、そういうことを結論もなく、ぼー、っと考えていたりするのだけど、「運命ってあるんだなー」とか「生きててよかったなぁ」とか、そういうことを時々考えたりするのです。

設定の話

ダルビッシュ選手が、「トレーニングをろくにしないせいで大した選手になれず40代を迎え、そのことを激しく後悔し、神様にお願いして20歳若返らせてもらった」という設定で生きているらしい、というのがちょっと話題でしたが、僕は「2012年に世界に絶望し、東武東上線に飛び込んだけど、ミルキィホームズのトイズによって救い出された」という設定で生きている、という感じです

そこで踏み込んでくれたら、もしかしたら僕は助かっていたのかもしれない。だけど現実はそうではなかった。そうして僕は少しずつ壊れていくのだ。(という文章を何となく思いついた)

近況?

なんか良くわからないのだけど、僕だけが健康で悩みもなくて、だから無限に痛めつけても構わない、みたいなそんな感じになっているのではないか。こちらも精神その他諸々壊れていて、少し前まではミルキィホームズがなかったら生きていけないくらいに、ぶっ壊れていたんだけどな

手段を選ばない、ということ

一応自分なりにプレースタイルとか行動規範とか美学みたいなものがあって、基本的にはそれに従って生きている。けれども、やばいくらいに追い込まれた時は手段を選ばず、美学やら何やら全部投げ捨てて行動している気がする。

こういう場合、普段のプレースタイルから外れることをするわけだから、普段よりもパフォーマンスが落ちることも当然あり得るのだけど、経験上、僕の場合はそういうことはあまりない。

僕の行動規範や美学はある種のリミッターで、多分リミッターを外した状態でずっといたら死んでしまうのだろうけど、やばいときは外しても良い、外した方が良い、というものなのであろう。

近況

ミルキィホームズがあったほうが人生は豊かで、ミルキィホームズは最高だけれども、あれは生命維持装置ではないし、なくても生きていけるような気がする、と思える程度には回復したらしい。